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第7話 決意①

last update Last Updated: 2025-06-05 17:32:03

 美奈に教えてもらった住所を頼りに辿り着いた場所。

 要は一人、呆然と立ち尽くし、その場所を見つめていた。

 彼の目線の先には、古びた物置小屋のような建物があった。

 どうみても現在使われていない、今にも倒壊しそうな古めかしい建物だ。

 壁の木材には隙間ができており、腐っている個所もある。

 屋根も風が吹けば、飛んでいってしまいそうな板が一枚覆っているだけ。

 家の周りは、手入れされていない草が伸び放題に生え、行く手を阻んでくる。

 周りには住宅があまりなく、その建物は小さな空き地の真ん中にぽつんと存在していた。

 この物置小屋だけが取り残されているようで、なんだか物悲しさを感じてしまう。

 本当に、こんな所に楓がいるっていうのか?

 そうであってほしくないと思いながら、要は歩みを進める。

 入口は一つだけ。

 引き戸になっていて、引いてみると建付けが悪くうまく開かない。

 ガタガタと大きな音を立て扉を開ける。

 中は暗く、窓が一つもない。

 空気も淀んでいて、息をするのも躊躇われるほどだ。

 床は埃と砂で汚く、掃除されている様子もなかった。

 要は持っていたスマホをライト代わりに辺りを照らす。

 部屋の奥の方を照らすと、隅っこで毛布に包まっている人物を発見する。

 ゆっくりと近づき顔を照らすと、痣がいくつもある楓が眠っていた。

 それが何を意味するのか、瞬時に要は理解した。

 衝動的に楓を抱きしめる。

「ごめん……ごめんなっ」

 もっと早く気づいていたら、傍にいたら。

 俺が守れたのに……。

 悔しくてたまらなかった。

 要の瞳から涙が零れ落ちる。

「……ん……っ」

 楓がゆっくりと目を開けた。

「井上? 大丈夫か?」

 要は心配そうに楓を支えながら覗き込む。

 楓の体は痛々しく、今にも消えてしまいそうなほど弱々しかった。

「藤原くん? ……どうして?」

「おまえ学校来ないから心配でさ……ここは妹に教えてもらった」

 ここは楓の隠れ家で、亜澄にいじめられて何処にも行き場がないとき、いつもここに逃げ込んでいた。

 誰も使っていない、忘れられた空き家。

 悪いこととわかりつつ、なんだかこの建物が私のことのように思え、楓はここを選んだ。

 誰からも必要とされず、世界の片隅でひっそりと佇むその姿は、楓と重なって見えた。

 美奈は、知っていたんだ……。

 驚きと共に、ほんのりと嬉しさも溢れてきて、楓は少しだけ微笑んだ。

 美奈が楓のことを気に留めてくれていた。そのことが、嬉しかった。

 見てくれている人がいる、その事実に心が救われる。

 要は楓を抱きしめる腕に力を込める。

「ごめんな……」

「ふ、藤原くんっ」

 突然のことに驚き、楓は目をクルクルと泳がす。

「ごめん……ごめん、俺、おまえのこと、守れなくて」

 要の声は震えていた。

「な、何言ってんの? 藤原くんには関係ないでしょ」

 楓は要を押し返し、拒絶するように視線を外した。

「帰って……もう私と関わらないで」

 必死に絞り出す楓の声は、わずかに震えているように要には聞こえた。

「……もう私のことは放っておいて、お願い」

 全身で拒絶しようとしている楓を前に、要の胸は締め付けられ、切なさが込み上げてくる。

 誰のことも受け入れようとしない、誰の事も必要としない、誰にも助けを求めない。

 それは、誰にも迷惑をかけたくないから、自分一人を犠牲にすればいいと思っているから。

 そして……誰のことも期待していないから――。

「それで、いいのか?」

「え?」

 要の真剣な眼差しと、楓の揺れる瞳が交差する。

「おまえは一生そうやって生きていくのか?

 何もかもあきらめ、絶望し、自分を苦しめ。

 ……本当は助けて欲しいくせに、誰にも助けを求めようとしない」

 要の言葉が、視線が、痛い。

 彼の想いが楓の心の中に染みわたっていく。

 その気持ちは大きすぎて。

 楓は、今まで受け取ったことのないその感情に戸惑い、どうしていいのかわからなくて苦しかった。

 やめて、そんなこと言わないで。私の中をかき乱さないで!

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